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はじめまして Greeting!

私は現在名古屋音楽大学にて音楽療法の専任講師をしている猪狩裕史と申します。

My name is Yuji Igari, a full time lecturer at Nagoya College of Music.

音楽療法というのは、非常に奥深く、時に分かり難いものです。音楽療法のフィールドは多岐にわたります。その効果についても、日々様々な方法や視点で検証されています。また音楽療法を理解するには、その根底となる哲学的思想を持たなければなりません。どの視点から音楽療法を語るのかにより、その論調も全く変わります。それ故か、音楽療法というものが、つかみどころのない印象を持たれたり、胡散臭い感じを持たれたり、実践している人が自らもその実践に違和感を感じたりするのかもしれません。

Music therapy is very deep and sometimes difficult to comprehend.  The field of music therapy is very vast.  Its effects are examined daily in various ways from various perspectives.  Also, in order to understand music therapy, one must have good understanding in theoretical and philosophical foundation in therapy.  Depending on which foundation the therapist stands upon, the way he or she talks sounds entirely different from other music therapists.  Because of there premises, some may think music therapy is difficult to grasp and other may think it is fishy.  Even some practitioners can be unsure about what they are doing.

現在私は大学で音楽療法を教える仕事をしています。その過程では、音楽療法を構成する要素に触れる機会がより多くあります。この教育の過程で知り得た情報や、それらに対する自分の思索を、このサイトを通して発信することは、音楽療法の普及や理解の促進において意義のあることではないかと思う様になり、このサイトの立ち上げました。

I am currently in the position of teaching music therapy in college.  In the process of teaching (and preparing for classes), I have more opportunities to be exposed to the elements of music therapy.  I launched this site to introduce those information and my insights about them in hope it would contribute and advocate the better understanding in music therapy.

ただあくまで個人的な思索やメモとして、ここでの執筆を行ないますので、定期的な更新を行う訳ではありません。頻繁に更新をすることもあれば、それが滞ることもありますので、あらかじめご了承ください。

However, the insights here are entirely personal and sometimes are fragmented ideas.  Also I am not plan to post the content at regular basis.  Sometimes I would have a lot to say while not much in other times.  I would appreciate your understanding.

また個人的な思索ですので、ここで表現される内容は私個人のものであり、私が所属する団体とは一切関係ありません。こちらの点についてもご理解頂く様にお願い致します。

Also my opinions here are representation of my own philosophy and have nothing to do with the organizations I belong to.  I would appreciate your understanding in it as well.

それと私の思索についてご意見を頂ける様にコメント欄も設けますが、botによる自動書き込みの様な広告が入ったりするので、皆さんからのご意見がすぐに反映されない設定にしております。ご了承ください。また公開することが必ずしも双方の利益になり得ないと私が判断する様な書き込みについては、公開せずに非公開の形で連絡を取らせて頂くことがあります。そちらもご了承ください。

Lastly, even though I set up the “comment” area, your comments may not reflect in the page immediately.  I would mainly like to avoid bots from putting all the ads and links in the area.  Also I would like to avoid publishing the comments that would not bear fruitful discussion for us all, in which case I will contact the person privately individually.

それではここでの情報発信が、私以外の方にも実りあるものになることを願っています。

I hope this blog would bring a lot of fruitful discussions for us all

猪狩裕史 MS, MT-BC

Yuji Igari MS, MT-BC

yigari@musictherapy.works

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事例研究参加者の募集(GIM)-修正版

(一部加筆した最新版です)

この度、私は名古屋音楽大学音楽療法専任講師として、ボニー式音楽とイメージ誘導法 (ボニー式GIM)の効果について事例研究を実施することにしました。

ボニー式GIMとは、対象者が非日常意識状態(リラックス状態、または意識の集中した状態)で西洋音楽やリラクセーション音楽を聴きながら、イメージを自然に思い浮かべ、それについてセラピストと対話することにより自己洞察を深める音楽心理療法の手法で、世界中で実践、研究されています。

しかしながら日本人へのボニー式GIMを用いた事例研究はまだわずかで、事例研究を通してその効果について考察する必要があります。それにより、ボニー式GIMの日本人への治療効果に関する示唆が得られます。

そこでこのボニー式GIMの事例研究に参加される方を募集します。対象は、自分の内面をボニー式GIMを通して探求してみたい成人です。今回は精神科病院で何らかの診断を受けたことのある人は、ご参加いただけません。また日本語による話し合いを通したコミュニケーション能力を持っている方が対象になります。

私は、現在ボニー式GIMの実践家になる為のトレーニングを受けている段階で、私が一人でボニー式GIMは実践できません。この実践はトレーニングの一部である練習セッションと兼ねて行われ、その過程はボニー式GIMの実践家であるスーパーバイザーの指導のもとに行われます。その為、実践の過程で明らかになることは、このスーパーバイザーとも共有されます(この部分を追加しました)。

参加される方には6回から10回程度の、継続的なボニー式GIMを受けて頂きます。1回あたり90分から120分のセッションで2週間に一回の頻度で行われます。場所は名古屋音楽大学の私の研究室を用います。そしてこの経過や結果を事例研究論文としてまとめます。

事例研究に参加されるのに、次の項目について十分にご理解いただいた上でご参加頂きます。
• この事例研究への参加は、参加される方の自由であること
• この事例研究に参加するのは無料で、お金や相当の対価を求められないこと
• この事例研究には、精神科病院で何らかの診断を受けた人は参加できないこと
• 事例研究としてまとめるのにプライバシーについて最大限に配慮されるが、その過程で明らかになること(例、年齢、性別または性的指向、GIM治療要素の経験の有無、研究参加動機、生育歴、治療プロセスで明らかにされること、など)が含まれる可能性があること
• ボニー式GIMへの参加過程で、難しい感情や不快さを体験する可能性があること
• 事例研究が出版される前に内容を確認し、何度でも訂正を求められること
• 途中で事例研究への参加をいつでも、やめることができること
• 途中で事例研究への参加をやめることに対する補償はないこと
• 途中で事例研究への参加をやめた方のデータは破棄され、研究として一切使われないこと
• 途中で事例研究への参加をやめることで参加者に不利益が生じることはないこと

以上の内容を十分にご理解した上で、事例研究に参加していただける方は、別紙の同意書に署名と捺印をしていただきます。

なおこの調査研究は、2018年8月30日に名古屋音楽大学倫理委員会により審査され承認されています。

もし事例研究にご協力いただける方は、下記の連絡先にご連絡ください。また何かご不明な点などございましたら、お手数ですが下記連絡先までご連絡頂けますようお願い致します。皆さんのご協力に心より感謝申し上げます。

名古屋音楽大学音楽療法コース専任講師 猪狩裕史 (yigari@meion.ac.jp)

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書評:「音楽心理療法の力動〜転移と逆転移をめぐって〜」

この本は、精神力動指向の音楽療法士が執筆し、ケネス・ブルシアが編纂した本である。この本の目的についてブルシア(1998/2017 a)は、「音楽心理療法…において、転移と逆転移はどのように現れるか、現時点での洞察を提示すること」(p. 19)と述べている。転移とはとても簡単にいうと、臨床関係において、クライエントが過去の人間関係に基づく感情や思考パターンをセラピストとの関係に影響させることである。逆転移はこの逆で、セラピストが過去の人間関係に基づく感情や思考パターンをクライエントとの関係に影響させることである。これは従来の心理療法における概念であるが、音楽療法においてこの転移逆転移の対象は、クライエントとセラピストの二者間の関係以外にも存在する。それは音楽である。この第三の転移逆転移対象である音楽について取り扱った本書は、心理療法の文献においても重要な役割を持つと思われる。

もともと1998年にBarcelona Publishersより出版されたこの本が、2017年の日本において出版されたこともまた、日本の音楽療法にとってとても深い意義がある。翻訳者である小宮(2017)もその意義と意図についてまえがきで触れている。小宮は、日本では深層心理を探る音楽心理療法への潜在的ニーズはあるものの、精神力動に基づいた音楽療法への認知度も低く、それを専門にする教育機関も充実していないために、この本が日本でも手に取れるようにすることで、日本の音楽療法の幅の広がりを期待している。近年、音楽とイメージ誘導法(ガイデッド・イメジュリー・アンド・ミュージック、以下GIM)の実践家育成訓練(名古屋音楽大学、2016年6月28日)や、「精神分析的音楽療法」セラピスト養成講座(ドイツ音楽療法センター、n.d.)が開催されるなど、精神力動にその基盤を持つ音楽心理療法が活発になっている。その現代の日本においてこの本の日本語訳が出版されるのは大変に意義のあることである。

この本の重要性についてさらに述べると、この本はどのようにクライエントから転移を表してくるかということのみならず、どのように我々音楽療法士が逆転移をクライエント、そして音楽に表すかということに意識を向けさせてくれる。特に我々が音楽に対して抱く逆転移が、どのように療法に作用するのかを意識することは、倫理的側面から考えても極めて重要である。何故なら音楽に対する逆転移が療法のプロセスを汚染する可能性があるからである。ルクール(1998/2017)は「逆転移における審美性の役割」の章の中で、次のようにその危険性について言及している。

審美的指向のセラピーは、セラピストが自己愛的に補償の形式が欠如していることや、それを探していることが出てしまっているのかもしれない(…)。この場合音楽療法における音楽は、最初セラピストのニーズに答え、この補償への探索は自分自身のセラピーワークを行うことへのセラピストの抵抗の形式となりうる。患者とセラピストによる融合的な関係で共有される審美的な興奮は、至高体験のように、もしセラピストが患者と同じニーズを持つほどに職業的な距離を失った場合、過剰に自己愛的になりうる(p. 194)。

つまり、(音楽の)美的体験への自分のニーズ、または深い美的体験を他者と共有したいという音楽療法士側のニーズを、自らのセラピーで探索することをせず、他者の療法の場面で充足しようということが、療法のプロセスを汚染する逆転移の可能性を秘めているのである。このような逆転移についてどのように気づき、管理するかについては、ブルシアが第5章(「逆転移のサイン」)と第6章(「逆転移を明らかにし、取り扱うための技法」)で、また臨床例が書かれているその他の章において述べられている(1998/2017 b; 1998/2017 c)。特にタリー(1998/2017)とスカイビュー(1998/2017)、ブルシア(1998/2017 f; 1998/2017 g)の章は、逆転移について、本人の私的で誠実な内省を含めて多くの示唆を与えてくれるものである。

この本は大きく二つの部分に分けられる。前半には編纂者のブルシア自身が、精神力動における転移と逆転移、抵抗などの概念について詳述し、後半はそれらの概念が臨床においてどのように展開されるか、三つのアプローチの臨床家が論じる構成となっている。この本で扱われている三つのアプローチとは、即興演奏、歌、GIMである。即興演奏における力動については、ノードフ・ロビンズ音楽療法からタリーが、分析的音楽療法からはスカイビューが執筆している。歌については、ノラン(1998/2017)やボーカル・サイコセラピー(即興的な歌唱技法)のオースティン(1998/2017)が執筆している。GIMからは、サマー(1998/2017)やブルシア自身も執筆している(1998/2017 d; 1998/2017 e; 1998/2017 f; 1998/2017 g)。またヴェネゼーラのチュマッセイロ(1998/2017 a; 1998/2017 b)、フランスのルクール、カナダのアイゼンベルグ・グルゼダ(1998/2017)、合わせてデンマークの背景を持つスカイビューも執筆しており、アメリカ以外の視点も含まれている。

この本で特筆すべきは、ハドリー(1998/2017)とペッリテッリ(1998/2017)の章において、彼らが「クライエント」として受けた音楽療法セッションにおける転移反応について内省、分析していることだ。彼らは音楽療法士であり、これらの反応は個人的なものに過ぎないが、彼らの反応は音楽心理療法を受けるクライエントが持ちうる転移反応を具体的に表している。ハドリーはノードフ・ロビンズ音楽療法と分析的音楽療法を受けて、ペッリテッリはGIMを受けての転移反応について考察しており、この本を通して三つのアプローチの転移逆転移の両側面に触れることができる。ただ彼らの章や、前述のタリー、スカイビュー、ブルシア(1998/2017 f; 1998/2017 g)の章を読む上で読者が心に留めておかなければならないのは、彼らの自己開示はこの本がもたらす学術的意義のために葛藤の中で行われているものであり、実践家としてのあり方に対する評価や批判の対象にするものではないということである。

              この本がターゲットとしている読者は、大学で音楽療法やその関連領域についての学びを終え、さらに音楽を精神力動指向の療法に用いることを望んでいる人である。端的にいうと大学院やそれ以上のレベルの本である。つまり精神力動や、音楽療法にある程度触れた経験がある人であれば理解できるが、全く音楽療法に触れたことのない人が手にして容易に理解できる内容ではない。この本の前半で、精神力動の構成概念や、クライアントセラピスト間の力動について詳述されていると述べたが、それらは「心理学概論」の教科書にあるような図表を用いての解説がされているわけではない。そのような知識や経験による下地が、読者側にある程度あるという前提で書かれている。つまりフロイトやユングという名前を聞いて彼らが誰でどのような理論(例;イド、自我、超自我、心理性的発達理論、元型、など)をどのような用語を用いて展開したのかを大まかにでもわからないと、この本を読み進めるにも膨大な時間がかかってしまうと考えられる。さらに言えば、ノードフ・ロビンズ音楽療法や分析的音楽療法、GIMや精神力動に基づいた音楽心理療法への学びの過程にある人が、転移と逆転移の力動に意識を向けるために読むべき専門書である。

              この本で取り扱われている三つのアプローチの一つに、日本の音楽療法士が最も馴染みがあると思われる、「歌」を取り巻く実践がある。しかし、この本の中でそれが扱われている分量には物足りなさを感じる。オースティンの技法について書かれた章は、それ自体は非常に示唆に富むものではあるが、歌唱というよりも即興をベースにしたものである。チュマッセイロの二つの章も歌を取り扱っているが、精神力動の文献の中で、どのように無意識または意識的に思い浮かぶ歌が解釈されてきたかというもので、臨床現場での適応については限定的である。また、モンテッロ(1998/2017)はトラウマを受けた個人とのワークを紹介した章で、歌を用いた実践についてわずかに紹介している。ノランはソングライティング(歌作り)の過程での逆転移に触れているが、歌に関する取り扱いはその程度にすぎず、全体のボリュームから考えると物足りなさを感じる。

              それではこの本は、即興やGIMを勉強、実践しているごく一部の人だけが読めば良い本であるかといわれると、そうとも限らない。特に、前述のルクールが指摘した通り、音楽療法士には療法の過程で逆転移というものがあり、それが療法のプロセスを汚染する可能性があるということを知るという意味では、定期的に読み返すと良い本である。この本に触れることは、音楽療法士自身の成長や自己管理の必要性、倫理的問題への啓発においても重要である。特に前述のブルシアによる章(「逆転移のサイン」、「逆転移を明らかにし、取り扱うための技法」)は単体で読んでも示唆に富むものである。

              最後に、この本を日本の音楽療法の知識体に送り出してくれた小宮氏には深い尊敬と感謝を表したい。読むことでさえ大変な本を一人で翻訳したのには大変なご苦労があったであろう。この本の翻訳には、精神力動と音楽療法の両方に造詣の深い小宮氏でなければ成し得なかったと考えられる。また、直接この本の編纂者のブルシアと交渉をし、自ら翻訳を行い、アマゾンのオンデマンド方式で出版したことは、利益に結びつきにくい専門書の扱いに消極的な日本の出版業界の現実と、音楽療法の学術的発展に、一石を投じる行為だったと思う。一人で作業されたということもあるのか、誤字脱字は散見されるのだが、これらについては読者である私からも指摘をして、次の版での改善に期待したい。欲を言えば、667ページからなる大作なので、持ち運びやすい電子書籍での出版も今後是非検討してもらいたいところである。いずれにしてもこの本が日本の音楽療法の幅をさらに広げることは間違いないであろう。

参考文献

アラン・タリー (1998/2017). 「ノードフ・ロビンズ音楽療法における転移と逆転移」 ケネス・E・ブルシア編集 「音楽心理療法の力動:転移と逆転移をめぐって」(小宮暖訳 The dynamics of Music Psychotherapy)より (pp. 198-257) NextPublishing Authors Press.

イーディス・ルクール (1998/2017). 「逆転移における審美性の役割:能動的 対 受動的な音楽療法の比較」 ケネス・E・ブルシア編集 「音楽心理療法の力動:転移と逆転移をめぐって」(小宮暖訳 The dynamics of Music Psychotherapy)より (pp. 173-197) NextPublishing Authors Press.

カーニー・アイゼンバーグ・グルゼダ (1998/2017). 「ガイデッド・イメジェリー・アンド・ミュージック(GIM)における転移構造」 ケネス・E・ブルシア編集 「音楽心理療法の力動:転移と逆転移をめぐって」(小宮暖訳 The dynamics of Music Psychotherapy)より (pp. 546-567) NextPublishing Authors Press.

ケネス・E・ブルシア (1998/2017 a). 「編者まえがき」 ケネス・E・ブルシア編集 「音楽心理療法の力動:転移と逆転移をめぐって」(小宮暖訳 The dynamics of Music Psychotherapy)より (pp. 19-24) NextPublishing Authors Press.

ケネス・E・ブルシア (1998/2017 b). 「逆転移のサイン」 ケネス・E・ブルシア編集 「音楽心理療法の力動:転移と逆転移をめぐって」(小宮暖訳 The dynamics of Music Psychotherapy)より (pp. 101-124) NextPublishing Authors Press.

ケネス・E・ブルシア (1998/2017 c). 「逆転移を明らかにし、取り扱うための技法」 ケネス・E・ブルシア編集 「音楽心理療法の力動:転移と逆転移をめぐって」(小宮暖訳 The dynamics of Music Psychotherapy)より (pp. 125-155) NextPublishing Authors Press.

ケネス・E・ブルシア (1998/2017 d). 「ガイデッド・イメジェリー・アンド・ミュージック(GIM)における転移の現れ」 ケネス・E・ブルシア編集 「音楽心理療法の力動:転移と逆転移をめぐって」(小宮暖訳 The dynamics of Music Psychotherapy)より (pp. 486-513) NextPublishing Authors Press.

ケネス・E・ブルシア (1998/2017 e). 「ガイデッド・イメジェリー・アンド・ミュージック(GIM)における意識のモード:ガイドするプロセスのセラピストの体験」 ケネス・E・ブルシア編集 「音楽心理療法の力動:転移と逆転移をめぐって」(小宮暖訳 The dynamics of Music Psychotherapy)より (pp. 579-621) NextPublishing Authors Press.

ケネス・E・ブルシア (1998/2017 f). 「クライエントのイメージの再イメージ化:ガイデッド・イメジェリー・アンド・ミュージック(GIM)における転移と逆転移を探求するためのひとつの技法」 ケネス・E・ブルシア編集 「音楽心理療法の力動:転移と逆転移をめぐって」(小宮暖訳 The dynamics of Music Psychotherapy)より (pp. 622-646) NextPublishing Authors Press.

ケネス・E・ブルシア (1998/2017 g). 「クライエントのイメージの再イメージ化:投影性同一視を探求するための技法」 ケネス・E・ブルシア編集 「音楽心理療法の力動:転移と逆転移をめぐって」(小宮暖訳 The dynamics of Music Psychotherapy)より (pp. 647-661) NextPublishing Authors Press.

コーラ・L・ディアス・デ・チュマセロ (1998/2017 a). 「無意識的に誘発される歌の想起:歴史的視点」 ケネス・E・ブルシア編集 「音楽心理療法の力動:転移と逆転移をめぐって」(小宮暖訳 The dynamics of Music Psychotherapy)より (pp. 401-436) NextPublishing Authors Press.

コーラ・L・ディアス・デ・チュマセロ (1998/2017 b). 「意識的に誘発される歌の想起:転移−逆転移との関連」 ケネス・E・ブルシア編集 「音楽心理療法の力動:転移と逆転移をめぐって」(小宮暖訳 The dynamics of Music Psychotherapy)より (pp. 437-462) NextPublishing Authors Press.

小宮暖 (2017). 「訳者まえがき」 ケネス・E・ブルシア編集 「音楽心理療法の力動:転移と逆転移をめぐって」(小宮暖訳 The dynamics of Music Psychotherapy)より (pp. 3-4) NextPublishing Authors Press.

ジョン・ペッリテッリ (1998/2017). 「ガイデッド・イメジェリー・アンド・ミュージック(GIM)における転移の自己分析」 ケネス・E・ブルシア編集 「音楽心理療法の力動:転移と逆転移をめぐって」(小宮暖訳 The dynamics of Music Psychotherapy)より (pp. 568-578) NextPublishing Authors Press.

スーザン・J・ハドリー (1998/2017). 「即興的音楽療法の二つの形式における転移の体験」 ケネス・E・ブルシア編集 「音楽心理療法の力動:転移と逆転移をめぐって」(小宮暖訳 The dynamics of Music Psychotherapy)より (pp. 300-343) NextPublishing Authors Press.

ダイアン・S・オースティン (1998/2017). 「こころが歌う時:個人の成人との即興的歌唱における転移と逆転移」 ケネス・E・ブルシア編集 「音楽心理療法の力動:転移と逆転移をめぐって」(小宮暖訳 The dynamics of Music Psychotherapy)より (pp. 377-400) NextPublishing Authors Press.

ドイツ音楽療法センター(n.d.) 「セラピスト養成講座」 https://www.gmtc-jp.com/ausbildung/ より取得

名古屋音楽大学(2016年6月28日)「ボニー式GIM実践家育成プログラム・レベル1を開催しました(6/23~27)」 http://www.meion.ac.jp/topi/ボニー式gim実践家育成プログラム・レベル1を開/ より取得

ベネディクト・B・スカイビュー (1998/2017). 「分析的音楽療法における音楽逆転移の役割」 ケネス・E・ブルシア編集 「音楽心理療法の力動:転移と逆転移をめぐって」(小宮暖訳 The dynamics of Music Psychotherapy)より (pp. 258-299) NextPublishing Authors Press.

ポール・ノラン (1998/2017). 「臨床的ソングライティングにおける逆転移」 ケネス・E・ブルシア編集 「音楽心理療法の力動:転移と逆転移をめぐって」(小宮暖訳 The dynamics of Music Psychotherapy)より (pp. 463-485) NextPublishing Authors Press.

リサ・サマー (1998/2017). 「ガイデッド・イメジェリー・アンド・ミュージック(GIM)における純粋な音楽転移」 ケネス・E・ブルシア編集 「音楽心理療法の力動:転移と逆転移をめぐって」(小宮暖訳 The dynamics of Music Psychotherapy)より (pp. 514-545) NextPublishing Authors Press.

ルイーズ・モンテッロ (1998/2017). 「トラウマを受けた個人との精神分析的音楽療法における関係性の問題」 ケネス・E・ブルシア編集 「音楽心理療法の力動:転移と逆転移をめぐって」(小宮暖訳 The dynamics of Music Psychotherapy)より (pp. 359-376) NextPublishing Authors Press.

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私と音楽心理療法について:音楽心理療法のシンポジウム開催に向けて

私と音楽心理療法について:音楽心理療法のシンポジウム開催に向けて

名古屋音楽大学 猪狩裕史

 このエッセイは、第18回日本音楽療法学会学術大会で開催される自主シンポジウム「日本における音楽心理療法の発展と可能性」の企画者として、私と音楽、そして音楽心理療法との関係を、個人史的回想を通して振り返りながら、何故このシンポジウムを企画するに至ったかを述べるものである。

私がもともと音楽療法士を志したのは、私自身が音楽に救われた体験をしたからである。特に10代の時に自分のアイデンティティを模索する過程での複雑な感情や孤独、人間関係構築の不器用さを体験する過程で、そういったテーマを扱った歌によく慰めを受けた。私にとっての歌の存在について、ブルシア [1998/2017]が音楽心理療法の視点から的確に述べている。ブルシアによると歌は;

人間が感情を探索する方法である。歌は私達が誰であるか、どう感じているかを表現し、私達を他者へと近づけ、私達が一人でいる時に相手をしてくれる。歌は私達の信念や価値を主張する。月日が経って、歌は私達の生活の証言となる。歌によって私たちは過去を追体験し、現在を探索し、未来の夢に声を与えることができる。歌は私達の喜びと悲しみの物語を編み、私達の内奥の秘密を明かし、私達の希望と絶望を、恐れと勝利を表現する。歌は音の日記であり、人生の物語であり、個人の発達史である(p. 35)

 自分にとって歌はまさにこのような存在であった。自分の惹かれる歌を聞き、それにより自分の感情や考え、信じる価値観、希望、絶望が明らかになった。誰にも言えない気持ちを歌が代弁してくれた。また好きな歌を歌うアーティストを共にする人と仲良くなれた。雑踏の中で孤独を感じる時も一人イヤホンで歌を聞いていた。歌は自分にとってとても大切な存在であった。それなので、お医者さんに救われた子供が医師を目指すように、私自身が人間の心模様を歌い、人の心に寄り添えるアーティストになりたいと思っていた。そして大学時代に音楽療法という言葉に触れて強い興味を持った。「音楽」と「療法」という言葉から、自分がアーティストとしてやろうとしていることと近いのではと思った。しかし学部での音楽療法の学習は、発達障害やアルツハイマー型認知症、統合失調症などの重篤な診断を受けた人を対象にした、ウィーラー( Wheeler, 1983)のいう支持的、活動志向の音楽療法が主であり、その中でやりがいを感じながらも「何か違うな」という違和感を同時に感じていた。

そんな中で強く惹かれたのはボニー式音楽とイメージ誘導法(以下ボニー式GIM)であった。自分の興味があった洞察的、心理過程志向の音楽療法、さらには分析的、カタルシス志向の音楽療法である。彼女の書いた本、「音楽と無意識の世界」 (1990/1997)を購入し、ボニー本人によるワークショップに参加したこともあった。しかしながら、このような洞察的、分析的ワークは、大学院レベルの教育と聞きがっかりしたことも強く覚えている。

それから約15年の月日が流れ、2011年の東日本大震災の被災をきっかけに、私は再び大学院へと留学をした。米国ヴァージニア州立ラッドフォード大学のジム・ボーリング先生のもとで、学部生時代からずっと学びたいと思っていた音楽心理療法を学んだ。人間主義、精神力動主義、行動主義、認知主義の四つの心理療法における視点を統合して音楽療法の中で用いるアプローチを修士論文のテーマとして取り組んだ。修士論文の臨床例としてトラウマのある大学生との即興のワークを行なったが、即興演奏を通し自己を表現し、自分の感情とつながり、共に即興することで強い絆が生まれ、自分の内的な課題を他者に打ち明ける勇気が持てるように変容していった過程を目の当たりにし、「ああ、これがまさに自分のやりたかったワークなのだ」ということを実感した。

また大学院では、ボニー式GIMと再会を果たし、レベル1のトレーニングを授業の一環として受けた。その後私はボニー式GIMの実践家(フェロー)になるためのトレーニングを続けた。レベル2のトレーニングを受けた時の演習体験を通して、自分の中の、小さいけど自分の人生を40年以上も支配してきたトラウマの根源にイメージ体験を通してたどり着き、和解し、克服することができた。教育分析という言語のみのアプローチによる精神療法も受けてきたものの、それではたどり着くことのできなかった問題を、ボニー式GIMを通して克服できたのである。この時に涙がずっと止まらずたくさんの涙を流したが、その時のトレーナーであるニッキー・コーヘン博士に「40年以上溜め込んできた涙をやっと流せたね」と言われた、忘れられない体験であった。

このように音楽は、心理療法に求められる「人の心をより良い状態に変容させるプロセス」に介在し大きな役割を果たすことができる。私はそれをセラピストとしても、クライエントとしても知っている。日本の音楽療法の領域において、これまで音楽心理療法に関する議論は活発だとは言えなかった。しかしながら2016年に名古屋音楽大学でボニー式GIMの実践家育成訓練 (2016)や、「精神分析的音楽療法セラピスト養成講座」 (ドイツ音楽療法センター, n.d.)が開催されたり、ブルシア (1998/2017)が編纂した「音楽心理療法の力動〜転移と逆転移をめぐって〜」が小宮暖氏により翻訳されたりするなど、音楽心理療法について議論する下地ができつつある。これが、私が第18回日本音楽療法学会学術大会において「日本における音楽心理療法の発展と可能性」という自主シンポジウムを企画する動機であった。音楽療法は、まだ多くの可能性を秘めており、その一つがこの音楽心理療法の領域である。そして音楽心理療法についての議論をいま始めることが、音楽心理療法の日本における発展に繋がると考えている。

 このシンポジウムでは、四つのアプローチを取り上げることなっている。一つは「『大切な音楽』を媒介とした語りと沈黙:受刑者への音楽ナラティヴアプローチ」と題して、松本佳久子氏に、主に大切な音楽、特に歌に関する話し合いを通したグループ音楽心理療法についての話をしてもらう。また「精神力動と音楽:分析的音楽療法の音楽家へのアプローチを通して」と題して分析的音楽療法士の小宮暖氏に、また「ノードフ・ロビンズ音楽療法:クリエイティブな自己を解放する音楽アプローチ」と題してノードフ・ロビンズ音楽療法士で名古屋音楽大学非常勤講師の長江朱夏氏に、それぞれの音楽中心的で即興的なアプローチについて話をしてもらう。さらに「日本でのボニー式GIMの有効性と予防医学への可能性」と題して、日本初のGIMフェローである小竹敦子氏に受容的アプローチであるボニー式GIMについて話をしてもらう。これら三つの技法(歌、即興、音楽とイメージ法)は、ブルシアも音楽心理療法に用いられる主要技法として上げているものである(1998/2017)。それらについて日本の環境で実践をしている四名から話を聞けるのは貴重な機会となるであろう。さらに指定討論者に、ドイツ音楽療法センターの代表で「もう一人の自分と出会う:音楽療法の本」の著者である内田博美氏、横浜カメリアホスピタルの医師である山之井千尋氏に迎えて議論を深める予定である。

 先に名古屋音楽大学におけるボニー式GIM実践家育成訓練について述べたが、その参加者から、「ああ、このようなこと(音楽の持つ療法的な力について)を学びたかった」という声を多くもらった。私も先日ボニー式GIMのレベル3モジュール1のトレーニングに参加したばかりだが、学べば学ぶほどこのアプローチでは音楽が効果的に人の心に働きかけていることがよくわかる。そしてその学びの過程は、小手先のテクニックを教えるのではなく、参加者自身がGIMを体験しながら内観することが前提として求められている。今後日本の音楽療法が心理療法の分野で根付き発展していく上で、このような音楽の、または音楽心理療法の個人的体験に基づいた影響が、領域への深い関わり(コミットメント)につながっていくと考えられる。そのような話を各シンポジストから聞けることにも期待したい。

 

参考文献

Wheeler, B. L. (1983). A Psychotherapeutic Classification of Therapy Practice: A Continuum Procedures. Music Therapy Perspectives, 1(2), 8-12.

ドイツ音楽療法センター. (n.d.). セラピスト養成講座. 参照先: ドイツ音楽療法センター: https://www.gmtc-jp.com/ausbildung/

ブルシア, K. E. (1998/2017).音楽心理療法への導入. 著: ブルシアE.K., 音楽心理療法の力動:転移と逆転移をめぐって(ページ: 26-41). NextPublishing Authors.

ボニーH, サヴァリーL. (1990/1997). 音楽と無意識の世界:新しい音楽の聴き方としてのGIM(音楽によるイメージ誘導法). (村井靖児, 村井満恵, 訳) 東京都: 音楽之友社.

名古屋音楽大学. (2016年6月28日). 「ボニー式GIM実践家育成プログラム・レベル1を開催しました(6/23~27)」. 参照先: 名古屋音楽大学: http://www.meion.ac.jp/topi/ボニー式gim実践家育成プログラム・レベル1を開/

 

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音楽療法に関する相談を受け付けます

こんにちは。音楽療法士の猪狩です。

2018年度は少し時間的な余裕があるので、様々な音楽療法に関する相談を受けようと思います。音楽療法の論文指導を受けたい、音楽療法に関する相談(実践に関する悩み、音楽療法プログラム導入や拡大の相談、など)をしたいという人を募集します。単発でも長期にわたるものでも可能です。基本的にはスカイプを使用した論文指導や相談になります。詳しくは下記をご覧いただき、興味のある方は下記のフォームからご連絡ください。

  • 場所:オンライン(スカイプ使用)
  • 日時:相談に応じますが、基本的には夜間か週末になります。
  • 料金:5,000円(30分)

なお私については、プロフィールのページからご覧いただけます。

これを機会に音楽療法の実践も行いたいと思っていましたが、環境が整わず今回は見送りました。またそのような環境が整ったらお知らせします。

良い導きがありますように。

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芸術音楽と音楽療法(エッセイ)

世界音楽療法の日おめでとうございます!

Happy World Music Therapy Day!

今日3月1日は世界音楽療法の日なので、私が携わる音楽療法関係のお知らせを、今日は一日通して行ってきましたが、そろそろ一日も終わりそうなので、お知らせというよりも自由に想いを書きたいと思います。

今夜は学生に招待されて、小森伸二先生の門下生によるコンサートに行ってきました。とても素晴らしいコンサートで感激して帰宅しました。

そして、このコンサートで演奏された芸術音楽を聴きながら、『「この音楽と、音楽療法で使う音楽は、全く同じ要素でつながっている」ということを学生に感じて欲しいなぁ』と思いました。

音楽療法でよくある場面を想像すると、「クライアントの好みの歌(例;童謡、歌謡曲、ポップス、アニメソング)を音楽療法士がピアノ伴奏しながら一緒に歌う」といった場面が思い浮かびます。これは別にそこで起こっていることがクライアントの健康を支援することにつながっているのであれば、何も問題はありません。でもその伴奏をする時に、表現がおざなりになっていないでしょうか?

今夜のサックスアンサンブルの演奏曲の中に、ソプラノサックスが伸びやかに主旋律を歌う場面で、他の声域のサックスがアルペジオをしているのが聞かれました。そのアルペジオは本当に美しく、ソプラノサックスと共に同等の役割を演じていました。和声の一フレーズの中にも抑揚があり、音量も速さも生き生きと変化し、主旋律と共感し支えながら、主旋律の歌声に寄り添ってその音楽の旅路を共にしている感じがしました。

私は「歌は一つのストーリー」だと思っています。そのストーリーを歌うクライアントの伴奏をすることは、その歌の中にあるストーリーをクライアントと共にすることだと思っています。その歌のドラマの中に生きるということです。

その歌のストーリーに共感しながら、またそのクライアントの歌声の息遣いを感じながら伴奏をするのだから、たとえあるコードが1小節の中にあったとしても、ずっと同じ弾き方にはならないはずです。今夜のサックスアンサンブルで表現されていたような抑揚や、音量や速さの微妙な変化が存在する必要があります。それがクライアントに、音楽以外では感じられない美的体験をもたらすのです。もし機械的に音符にある音のみを演奏するのであれば、音楽療法士は必要なく、カラオケマシーンがあれば良いのです。

また低音域のオスティナートの上でソプラノサックスが即興的に演奏したり、フリーテンポっぽい和声進行の後に、ソプラノサックスが歌い上げたりする場面は、音楽療法の即興でもよく見られます。オスティナートのようなリズム的繰り返しと安定性が、クライアントの自由な器楽演奏(例、打楽器、特定のスケールに配置された音積み木、ピアノの黒鍵、など)を支え、後押しします。またフリーテンポの和声進行の後に間を持ち、クライアントが演奏で答える形を作ることで、音楽的な対話を発展させたり、音楽的に独り立ち(ソロ演奏)する支えになったりします。その時に和声進行の中に微妙な変化(和声構造、音量、フレーズの長さ、リズムパターンなど)があることで、返答の仕方や音楽的独り立ちの在り方が変わってきます。そのクライアントらしさが生まれてくるのです。今夜の演奏の中にも、ソプラノサックスのメロディが変化し発展していった通りです。全く同じことです。

また今夜の演奏曲中に部分的に聞かれた、違う声域でも高らかに歌い上げるユニゾンは、「我々は違うけど一つだ」という気持ちを持たせてくれます。音楽療法の場面においても、そのようなクライマックスに向かう体験が必要な時には、伴奏でも即興によるアンサンブルでも、和声なんか必要なく、一緒に単音メロディを歌ったり弾いたりすればいいのです。ユニゾンだからこそもたらすことのできるパワーとメッセージがあります。

音楽療法の場面で、打楽器を使うのをよく見ますが、音楽の美的経験(音楽の中にあるストーリー)を台無しにしていることが多いです。今夜のラージアンサンブルで参加したパーカッショニストの繊細さにあったように、タンバリン一つで音楽のストーリーやドラマを共にできます。ただ鳴らせばいい「鳴り物」のように扱わないで欲しいです。

様々述べてきましたが、芸術音楽にあるような音楽性を音楽療法に持ち込むべき理由として、我々音楽療法士はクライアントに「音楽的に寄り添う」必要があるからなのです。「音楽的旅路を共にする」必要があるからなのです。音楽はその人のストーリーや旅路を色鮮やかにするもので、それが言葉を超えたかけがえのない体験をもたらし、音楽を通してクライアントを勇気付けたり、表現できなかった悲しみや怒りに触れさせたりするのです。それがクライアントの変化への力になるのです。このようにクライアントに言葉を超えた体験をもたらすためには、音楽は芸術音楽のように豊かでなければなりません。

私は技巧主義の話をしているのではありません。音楽療法士には音楽の豊かさを常に意識して欲しいということです。

今夜招待してくれた学生が、このように芸術音楽に触れる機会があって本当に私は嬉しく思うし、音楽療法の学生を受け入れてくださる小森先生には感謝です。彼女らが、この豊かな芸術音楽に触れて、それと同じ豊かさを彼女らの音楽療法の現場にも持ち込んでくれるといいな。

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「音楽療法とは・・・?」

世界音楽療法の日おめでとうございます!

Happy World Music Therapy Day!

今日3月1日は世界音楽療法の日なので、私が携わる音楽療法関係のお知らせを今日は一日通して行っていきたいと思います。

先のブログにも書きましたが音楽療法とは

「音楽を用いた関係性を通した健康の支援」

と私は定義付けています。

そこには「音楽」という視点、「関係性」という視点、「健康」という視点、「支援」という視点があり、それぞれに説明が必要です。

ちなみに私の音楽療法の定義は、ブルシアの定義にとても影響を受けています。詳しくお知りになりたいかたは、まずブルシアの本を読んで見てください。

さて、もう少しざっくばらんに音楽療法について知りたい方、例えば「音楽療法士が活躍できる場所(就職先)は?」「どんな人を相手に仕事するの?」などについて疑問のある方は、3月21日(水・祝)に名古屋音楽大学で行われるオープンキャンパスにお越しください。詳しくはこちらをご覧ください。

春のオープンキャンパス ワンポイント・模擬授業!!※随時更新予定

Happy World Music Therapy Day!

良き世界音楽療法の日を!

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音楽療法士になるには

世界音楽療法の日おめでとうございます!

Happy World Music Therapy Day!

(画像は世界音楽療法連盟 World Federation of Music Therapyのフェイスブックサイトから拝借しました)

今日3月1日は世界音楽療法の日なので、私が携わる音楽療法関係のお知らせを、今日は一日通して行っていきたいと思います。

音楽療法とは、「音楽を用いた人間関係を通して健康を支援する」ことと私は定義しています。それを実践出来るようになるには音楽だけ出来ても、対人援助だけ出来ても不十分です。それらの知識や技術に加えて、音楽療法に関する知識と技術が必要になります。

また知識をレクチャーで学べたとしても、それを実践につなげる実習を経験豊富な指導者のもとで受けることは、専門家として実践する前段階としては重要なことです。音楽と対人援助の知識と能力を活かし、対象になる人の健康に関するニーズを見極めて、その人の健康を最大限に引き出す方法を検討し、実施し記録していくという作業が音楽療法には伴います。それでなければ、療法として見なされません。

また音楽を用いた関係性を通して健康を支援する上での倫理というものについても学ぶ必要があります。

音楽療法教育とは体系的な学問で、学生は通常それを4年間かけて学び、卒業する頃にようやく音楽療法士として活躍するための基礎的基盤ができあがります。通信なんかではとても学べないと私は思っています。

ちなみに名古屋音楽大学では、4年かけて音楽療法をじっくり学べる環境が整っています。

名古屋音楽大学音楽療法コースに関してはこちらをクリックしてください。

さらに、名古屋音楽大学で音楽療法士になる勉強をしたい人で下記の条件に合う方は、今年度最後の二次入試を受ける機会がありますよ。

(1)高等学校または中等教育学校を卒業した者、及び2018年 3 月卒業見込みの者。

(2)通常の課程により12年の学校教育を修了した者、及び2018年 3 月修了見込みの者。

(3)学校教育法施行規則第150条の規定により、高等学校を卒業した者と同等以上の学力があると認められる者、及び2018年 3 月31日までにこれに該当する見込みの者。

です。

詳しくは名古屋音楽大学のトップページから、「二次入試」のバナーをクリックして試験要項を確認してくださいね。

Happy World Music Therapy Day!

良き世界音楽療法の日を!

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GIMレベル1&レベル3トレーニング開催(予定)

世界音楽療法の日おめでとうございます!

Happy World Music Therapy Day!

今日3月1日は世界音楽療法の日なので、私が携わる音楽療法関係のお知らせを、今日は一日通して行っていきたいと思います。

Since it is the World Music Therapy Day all around the world, I would post various music therapy related things that I am involved, throughout the day.

重要なお知らせです2016年より名古屋音楽大学にて行っている、ボニー式GIM実践家育成プログラムが、今年も開催される予定です。「予定です」としか現段階では書けないのは、最終的な契約の取り交わしが「文書上」できていないからですが、開催の方向で前向きに話し合いは進んでいます。この育成プログラムを提供する団体であるアトランティス・インスティテュートのサイトでは、既にトレーニングが開催されるとアナウンスされています

Important announcement!  We are planning to host the Bonny Method Guided Imagery and Music (BM-GIM) trainings at Nagoya College of Music this summer as we have for past two years.  We are in the process of exchanging the physical copies of the contract right now.  The training institute, Atlantis Institute for Consciousness and Music (AICM) has already announced that there will be trainings in Nagoya this summer.

今年はレベル1とレベル3モジュール1(上級臨床実践)が開催されます。トレーニングの概要については、こちらの名古屋音楽大学のページに載っています。

【音楽療法】GIM実践家育成プログラムの全容(レベル1~3)について

Two trainings would be offered.  Level I & Level III module 1 (advanced clinical practice).  Please refer to the curriculum page of the AICM.

これまで同様にメイン講師には、ジム・ボーリング教授、とアシスタント講師兼通訳は吉原奈美先生です。

Primary trainer will be Prof. Jim Borling, assistant trainer will be Ms. Nami Yoshihara.

日程は下記の通りです。Mark the date in your calendar!

ボニー式GIM実践家育成コース(レベル1)

  • 2018(平成30)年8月2日から同年同月5日まで

Bonny Method-GIM Level I training 2018 (the training) will be held from August 2 to August 5, 2018.

ボニー式GIM実践家育成コース(レベル3モジュール1)

  • 2018(平成30)年8月6日から同年同月10日まで

Bonny Method-GIM Level III module 1 training 2018 (the training) wii be from August 6 to August 10, 2018.

 

左から吉原先生、ボーリング教授、私です。From left, Ms. Yoshihara, Prof. Borling and me.

参加費など詳細は後日名古屋音楽大学のサイトにて発表があります。お楽しみに!

More details will be available at the Nagoya College of Music web site near future!  Stay tuned!

Happy World Music Therapy Day!

良き世界音楽療法の日を!

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音楽療法関連の出版物

世界音楽療法の日おめでとうございます!

(画像は世界音楽療法連盟 World Federation of Music Therapyのフェイスブックサイトから拝借しました)

今日3月1日は世界音楽療法の日なので、私が携わる音楽療法関係のお知らせを、今日は一日通して行っていきたいと思います。

まずは私の出版物についてです。本当は毎年の始めに書いている「今年の目標」というのに「やります」と書こうと思っていたのですが、一月にインフルエンザにかかったせいでブログに書けずじまいで、既に終わってしまったのでこちらで紹介します。

どちらが先に出版されるかわかりませんが、二つとも既に原稿を提出しました。

一つはブルシアが編纂しバルセロナ出版社から発売されている The dynamics of music psychotherapy を小宮暖氏が翻訳した、「音楽心理療法の力動」の書評を書きました。何事もなければ将来的に日本音楽療法学会誌に載ると思います。

大作ですので読むだけでも大変でしたが、それをお一人で翻訳した小宮さんに敬意を評したいと思います。

 もう一つも書評です。こちらはブルシアの単著で、Notes on the practice of Guided Imagery and Music について書きました。こちらも何事もなければ、名古屋音楽大学研究紀要に載る予定です。 ちなみに、その中でも触れている昨年出版した論文のリンクはこちらです。

日本人GIMレベルIトレーニング受講者の前提、反応、姿勢:アンケート調査

Happy World Music Therapy Day!

良い世界音楽療法の日を!

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「癒しの音楽」について

「癒しの音楽」について

名古屋音楽大学音楽療法コース専任講師

猪狩裕史

癒しの音楽。音楽療法の実践、教育、研究に携わっている者には、これは不思議な存在である。特に音楽大学で様々な音楽に触れていると、その奥の深さ故に、ある特定の音楽が「癒しの音楽」として扱われることが、不思議に感じられる。音楽は人間の微妙で繊細な心の動きを映し出す。それが「癒し」なら、「癒しの音楽」というよりはむしろ人の心への「寄り添いの音楽」とでも呼ぶべきであろう。

そう言った意味で「寄り添いの音楽」は、カール・ロジャーズが提唱した、人が成長する上での必要な三つの条件の一つである「共感的理解」を超えるような潜在的な力を持つ。何故なら、音楽は、人間の複雑な、時に矛盾するような感情や理性の枠を超えるような心の状態さえも表現することがあるからである。そのような複雑な心の葛藤を持っている人が、音楽により理性を超えて心から理解されたという感情を持つことができるのである。しかし、ロジャーズもクライアントの変容はクライアント本人に内在する力であり、カウンセラーによる「癒し」とは述べていない。故に「寄り添いの音楽」も「癒しの音楽」ではない。

音楽療法の実践では、査定の過程でクライアントの好みの音楽を調べる。多くの場合、それが最も高い反応や取り組みレベル(エンゲージメント)をもたらすからである。また音楽療法研究でも、「クライアントの好みの音楽」(Client prefered music)を用いた「音楽療法」の介入が、独立変数として扱われる。故に私達音楽療法士が、特定の音楽を、医師が薬を「処方」するように「癒しの音楽」として「処方」することはない。実践においては、我々音楽療法士が「癒しの音楽」を自ら売り込むことは無い。

しかし「癒しの音楽」という言葉の響きとその性質から、「癒しの音楽」は音楽療法士が関係しているものと思われがちである。音楽療法士をしていると、「癒しの音楽」に関する質問をよく受ける。世間ではそう取られている一つの現れである。この為に、「音楽の奥深さ」を知っている音楽家からも、「癒す」ことの難しさを知っている医療関係者からも、音楽療法は「癒しの音楽」という訳の分からないものを使う「胡散臭い」職業なのではないかと思われていると想像できる。

しかし「癒しの音楽」は、音楽療法士とは全く関係のないものである。

ここで私は明確に述べておきたいのだが、音楽療法士は、「癒しの音楽」とは何ら関係がないということである。「癒しの音楽」とは恐らく音楽産業が作り商品として売り出した一つのジャンルなのであろう。故に私に「癒しの音楽」について聞かれても私はそれについて答えることは出来ない。「音楽療法とは無関係ですね」と答えるか、「あなたがそれを聞いて癒されるのであれば、それがあなたにとっての癒しの音楽です」と答える。「癒しの音楽」と音楽療法士は無関係である。

もし音楽療法士が「癒しの音楽」や「音楽の癒しの力」となどと言う言葉を使ってそのサービスを売り込んでいるのであれば、消費者として、またそのサービスを受ける人として、『「癒し」とはどういう意味ですか?』と聞き返すと良い。それをきちんと答えられるかどうかで、その音楽療法士がきちんとトレーニングを受けた音楽療法士かどうか分かるからである。我々音楽療法士は、専門家として自分のサービスに関する説明責任を有している。それができないということであれば、その人はきちんとした音楽療法士トレーニングを受けていない人の可能性が高い。

前述したが、音楽は人間の微妙で繊細な心の動き、時に矛盾するような感情や理性の枠を超えるような心の状態さえも表現する力がある。あなたにとってそれが寄り添いや励ましになるのであれば、それを聞くと良い。誰かに言われた「癒しの音楽」を聞く必要などない。音楽は非常に主観的なものである。万人に愛される音楽などない。かつて愛した音楽でさえも、時とともに色褪せることがある。それはあなた自身が成長しているからである。人生のその時々で、抱える葛藤も違う。なので、その時々であなたに寄り添い励ましてくれる音楽を愛すれば良い。

*このエッセイは、2018年2月21日の連投ツイートに加筆修正をしたものである。

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