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芸術音楽と音楽療法(エッセイ)

世界音楽療法の日おめでとうございます!

Happy World Music Therapy Day!

今日3月1日は世界音楽療法の日なので、私が携わる音楽療法関係のお知らせを、今日は一日通して行ってきましたが、そろそろ一日も終わりそうなので、お知らせというよりも自由に想いを書きたいと思います。

今夜は学生に招待されて、小森伸二先生の門下生によるコンサートに行ってきました。とても素晴らしいコンサートで感激して帰宅しました。

そして、このコンサートで演奏された芸術音楽を聴きながら、『「この音楽と、音楽療法で使う音楽は、全く同じ要素でつながっている」ということを学生に感じて欲しいなぁ』と思いました。

音楽療法でよくある場面を想像すると、「クライアントの好みの歌(例;童謡、歌謡曲、ポップス、アニメソング)を音楽療法士がピアノ伴奏しながら一緒に歌う」といった場面が思い浮かびます。これは別にそこで起こっていることがクライアントの健康を支援することにつながっているのであれば、何も問題はありません。でもその伴奏をする時に、表現がおざなりになっていないでしょうか?

今夜のサックスアンサンブルの演奏曲の中に、ソプラノサックスが伸びやかに主旋律を歌う場面で、他の声域のサックスがアルペジオをしているのが聞かれました。そのアルペジオは本当に美しく、ソプラノサックスと共に同等の役割を演じていました。和声の一フレーズの中にも抑揚があり、音量も速さも生き生きと変化し、主旋律と共感し支えながら、主旋律の歌声に寄り添ってその音楽の旅路を共にしている感じがしました。

私は「歌は一つのストーリー」だと思っています。そのストーリーを歌うクライアントの伴奏をすることは、その歌の中にあるストーリーをクライアントと共にすることだと思っています。その歌のドラマの中に生きるということです。

その歌のストーリーに共感しながら、またそのクライアントの歌声の息遣いを感じながら伴奏をするのだから、たとえあるコードが1小節の中にあったとしても、ずっと同じ弾き方にはならないはずです。今夜のサックスアンサンブルで表現されていたような抑揚や、音量や速さの微妙な変化が存在する必要があります。それがクライアントに、音楽以外では感じられない美的体験をもたらすのです。もし機械的に音符にある音のみを演奏するのであれば、音楽療法士は必要なく、カラオケマシーンがあれば良いのです。

また低音域のオスティナートの上でソプラノサックスが即興的に演奏したり、フリーテンポっぽい和声進行の後に、ソプラノサックスが歌い上げたりする場面は、音楽療法の即興でもよく見られます。オスティナートのようなリズム的繰り返しと安定性が、クライアントの自由な器楽演奏(例、打楽器、特定のスケールに配置された音積み木、ピアノの黒鍵、など)を支え、後押しします。またフリーテンポの和声進行の後に間を持ち、クライアントが演奏で答える形を作ることで、音楽的な対話を発展させたり、音楽的に独り立ち(ソロ演奏)する支えになったりします。その時に和声進行の中に微妙な変化(和声構造、音量、フレーズの長さ、リズムパターンなど)があることで、返答の仕方や音楽的独り立ちの在り方が変わってきます。そのクライアントらしさが生まれてくるのです。今夜の演奏の中にも、ソプラノサックスのメロディが変化し発展していった通りです。全く同じことです。

また今夜の演奏曲中に部分的に聞かれた、違う声域でも高らかに歌い上げるユニゾンは、「我々は違うけど一つだ」という気持ちを持たせてくれます。音楽療法の場面においても、そのようなクライマックスに向かう体験が必要な時には、伴奏でも即興によるアンサンブルでも、和声なんか必要なく、一緒に単音メロディを歌ったり弾いたりすればいいのです。ユニゾンだからこそもたらすことのできるパワーとメッセージがあります。

音楽療法の場面で、打楽器を使うのをよく見ますが、音楽の美的経験(音楽の中にあるストーリー)を台無しにしていることが多いです。今夜のラージアンサンブルで参加したパーカッショニストの繊細さにあったように、タンバリン一つで音楽のストーリーやドラマを共にできます。ただ鳴らせばいい「鳴り物」のように扱わないで欲しいです。

様々述べてきましたが、芸術音楽にあるような音楽性を音楽療法に持ち込むべき理由として、我々音楽療法士はクライアントに「音楽的に寄り添う」必要があるからなのです。「音楽的旅路を共にする」必要があるからなのです。音楽はその人のストーリーや旅路を色鮮やかにするもので、それが言葉を超えたかけがえのない体験をもたらし、音楽を通してクライアントを勇気付けたり、表現できなかった悲しみや怒りに触れさせたりするのです。それがクライアントの変化への力になるのです。このようにクライアントに言葉を超えた体験をもたらすためには、音楽は芸術音楽のように豊かでなければなりません。

私は技巧主義の話をしているのではありません。音楽療法士には音楽の豊かさを常に意識して欲しいということです。

今夜招待してくれた学生が、このように芸術音楽に触れる機会があって本当に私は嬉しく思うし、音楽療法の学生を受け入れてくださる小森先生には感謝です。彼女らが、この豊かな芸術音楽に触れて、それと同じ豊かさを彼女らの音楽療法の現場にも持ち込んでくれるといいな。

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音楽療法士になるには

世界音楽療法の日おめでとうございます!

Happy World Music Therapy Day!

(画像は世界音楽療法連盟 World Federation of Music Therapyのフェイスブックサイトから拝借しました)

今日3月1日は世界音楽療法の日なので、私が携わる音楽療法関係のお知らせを、今日は一日通して行っていきたいと思います。

音楽療法とは、「音楽を用いた人間関係を通して健康を支援する」ことと私は定義しています。それを実践出来るようになるには音楽だけ出来ても、対人援助だけ出来ても不十分です。それらの知識や技術に加えて、音楽療法に関する知識と技術が必要になります。

また知識をレクチャーで学べたとしても、それを実践につなげる実習を経験豊富な指導者のもとで受けることは、専門家として実践する前段階としては重要なことです。音楽と対人援助の知識と能力を活かし、対象になる人の健康に関するニーズを見極めて、その人の健康を最大限に引き出す方法を検討し、実施し記録していくという作業が音楽療法には伴います。それでなければ、療法として見なされません。

また音楽を用いた関係性を通して健康を支援する上での倫理というものについても学ぶ必要があります。

音楽療法教育とは体系的な学問で、学生は通常それを4年間かけて学び、卒業する頃にようやく音楽療法士として活躍するための基礎的基盤ができあがります。通信なんかではとても学べないと私は思っています。

ちなみに名古屋音楽大学では、4年かけて音楽療法をじっくり学べる環境が整っています。

名古屋音楽大学音楽療法コースに関してはこちらをクリックしてください。

さらに、名古屋音楽大学で音楽療法士になる勉強をしたい人で下記の条件に合う方は、今年度最後の二次入試を受ける機会がありますよ。

(1)高等学校または中等教育学校を卒業した者、及び2018年 3 月卒業見込みの者。

(2)通常の課程により12年の学校教育を修了した者、及び2018年 3 月修了見込みの者。

(3)学校教育法施行規則第150条の規定により、高等学校を卒業した者と同等以上の学力があると認められる者、及び2018年 3 月31日までにこれに該当する見込みの者。

です。

詳しくは名古屋音楽大学のトップページから、「二次入試」のバナーをクリックして試験要項を確認してくださいね。

Happy World Music Therapy Day!

良き世界音楽療法の日を!

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「癒しの音楽」について

「癒しの音楽」について

名古屋音楽大学音楽療法コース専任講師

猪狩裕史

癒しの音楽。音楽療法の実践、教育、研究に携わっている者には、これは不思議な存在である。特に音楽大学で様々な音楽に触れていると、その奥の深さ故に、ある特定の音楽が「癒しの音楽」として扱われることが、不思議に感じられる。音楽は人間の微妙で繊細な心の動きを映し出す。それが「癒し」なら、「癒しの音楽」というよりはむしろ人の心への「寄り添いの音楽」とでも呼ぶべきであろう。

そう言った意味で「寄り添いの音楽」は、カール・ロジャーズが提唱した、人が成長する上での必要な三つの条件の一つである「共感的理解」を超えるような潜在的な力を持つ。何故なら、音楽は、人間の複雑な、時に矛盾するような感情や理性の枠を超えるような心の状態さえも表現することがあるからである。そのような複雑な心の葛藤を持っている人が、音楽により理性を超えて心から理解されたという感情を持つことができるのである。しかし、ロジャーズもクライアントの変容はクライアント本人に内在する力であり、カウンセラーによる「癒し」とは述べていない。故に「寄り添いの音楽」も「癒しの音楽」ではない。

音楽療法の実践では、査定の過程でクライアントの好みの音楽を調べる。多くの場合、それが最も高い反応や取り組みレベル(エンゲージメント)をもたらすからである。また音楽療法研究でも、「クライアントの好みの音楽」(Client prefered music)を用いた「音楽療法」の介入が、独立変数として扱われる。故に私達音楽療法士が、特定の音楽を、医師が薬を「処方」するように「癒しの音楽」として「処方」することはない。実践においては、我々音楽療法士が「癒しの音楽」を自ら売り込むことは無い。

しかし「癒しの音楽」という言葉の響きとその性質から、「癒しの音楽」は音楽療法士が関係しているものと思われがちである。音楽療法士をしていると、「癒しの音楽」に関する質問をよく受ける。世間ではそう取られている一つの現れである。この為に、「音楽の奥深さ」を知っている音楽家からも、「癒す」ことの難しさを知っている医療関係者からも、音楽療法は「癒しの音楽」という訳の分からないものを使う「胡散臭い」職業なのではないかと思われていると想像できる。

しかし「癒しの音楽」は、音楽療法士とは全く関係のないものである。

ここで私は明確に述べておきたいのだが、音楽療法士は、「癒しの音楽」とは何ら関係がないということである。「癒しの音楽」とは恐らく音楽産業が作り商品として売り出した一つのジャンルなのであろう。故に私に「癒しの音楽」について聞かれても私はそれについて答えることは出来ない。「音楽療法とは無関係ですね」と答えるか、「あなたがそれを聞いて癒されるのであれば、それがあなたにとっての癒しの音楽です」と答える。「癒しの音楽」と音楽療法士は無関係である。

もし音楽療法士が「癒しの音楽」や「音楽の癒しの力」となどと言う言葉を使ってそのサービスを売り込んでいるのであれば、消費者として、またそのサービスを受ける人として、『「癒し」とはどういう意味ですか?』と聞き返すと良い。それをきちんと答えられるかどうかで、その音楽療法士がきちんとトレーニングを受けた音楽療法士かどうか分かるからである。我々音楽療法士は、専門家として自分のサービスに関する説明責任を有している。それができないということであれば、その人はきちんとした音楽療法士トレーニングを受けていない人の可能性が高い。

前述したが、音楽は人間の微妙で繊細な心の動き、時に矛盾するような感情や理性の枠を超えるような心の状態さえも表現する力がある。あなたにとってそれが寄り添いや励ましになるのであれば、それを聞くと良い。誰かに言われた「癒しの音楽」を聞く必要などない。音楽は非常に主観的なものである。万人に愛される音楽などない。かつて愛した音楽でさえも、時とともに色褪せることがある。それはあなた自身が成長しているからである。人生のその時々で、抱える葛藤も違う。なので、その時々であなたに寄り添い励ましてくれる音楽を愛すれば良い。

*このエッセイは、2018年2月21日の連投ツイートに加筆修正をしたものである。

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2017年の目標(2017年にやること)My new year’s resolution for 2017 (To-dos in 2017)

「2017年の目標」というタイトルですが、2017年は早くも1月が終わろうとしています。このブログの最後のエントリーが「2016年の目標」でしたので、2016年が非常に忙しい一年だったということがお分かりいただけるかと思います。そしてそのせわしなさは、今でも続いています。

Even though the title of this blog is “My new year’s resolution for 2017”, the first month of the year is almost over.  The last entry of my blog was “My new year’s resolution for 2016“, you can imagine how busy the year was, and the busyness is still continuing.

ですので、今年は目標というよりも、かっこにある通り「2017年にやること」について書こうと思います。今年の目標は、今年計画していることを完遂することです。

So instead of talking about my new year resolutions, I will write about what I am doing in 2017.  My new year resolution is to complete what I am planning to do this year!

1. テンプル大学日本校での音楽療法博士号関連の授業履修(4月末から6月末)

昨年からいよいよ始まったテンプル大学日本校における🇯🇵音楽療法博士号課程ですが、私にとって非常に豊かな学びをもたらしてくれました。特に「音楽療法における量的研究」(実際は修士レベルの授業)は、研究を行う上で刺激になりました。音楽療法の特性を理解しているデリオ先生だからこそ教えられる授業だったと思います。また「医療における音楽」(これも実際は修士レベルの授業)の授業では、実存主義的アプローチからの即興を体験したのですが、非常にパワフルな経験でした。とても勉強になりました。しかしながらその後やらなければならなかった課題はかなりきつかったです。ものすごい数の文献を読ませられました。ですので今年は早めに準備をして臨もうと思っています。

#1 Taking required courses for Ph. D in music therapy at Temple University Japan (from end of April to end of June)

Ph D in music therapy at Temple University Japan has begun last year.  It was truly a valuable learning experience for me.  Especially “Quantitative research in music therapy (graduate level course)” was very inspiring for me to do research.  It was something that Dr. Dileo could teach for her deep knowledge and understanding in unique nature of music therapy.  Also I experienced “existential improvisation” in “Music in medicine (graduate level course)” course.  It was really powerful.   Since there were so many readings to be done, I would like to be better prepared this year.

今年履修予定の授業は、「音楽療法の倫理」「音楽と医療における研究」「音楽療法博士号ゼミ」です。また集中講義のない、完全オンラインの授業として「音楽療法における質的研究」も履修する予定です。

The courses I am going to take this year are “MUED 8621 Music Therapy Ethics”, “MUED 8624 Research in Music Medicine”, “MUED 9641. Music therapy Doctoral Seminar”.  I am also taking “Qualitative Research in Music Therapy” that is offered in Fall fully online. 

2.  第15回世界音楽療法大会に参加(7月初旬)

この世界音楽療法大会は、2年ごとに行われている音楽療法の国際大会で、今年は日本のつくば国際会議場にて行われます。2011年に韓国で行われた時に参加したいと思っていたのですが、東日本大震災を被災して間も無くで、お金がなかったために断念した経緯がありました。音楽療法に携わり長いですが初めての大会なのでワクワクしています。発表も武庫川女子大学の松本先生の共同研究者としてその場に立ち会います(発表する松本先生の応援をします)。ちなみに英語抄録の添削をお手伝いしました。

左から松本先生、デリオ先生、私。From left, Dr. Matsumoto, Dr. Dileo, and me.

#2 Participating in the 15th World Congress of Music Therapy (Early July)

The World Congress of Music Therapy is the international music therapy conference that is held every two years.  This year, it is going to be held at Tsukuba International Congress Center in Japan.  I was going to participate one in 2011.  But because it was after the earthquake of 2011 and my business was severely affected by it, I could not take part in it.  I have been in the field for a long time.  But this is going to be my first World Congress and I am excited.  As I am a collaborating researcher for the Professor Matsumoto at Mukogawa Woman’s University, I will be at her presentation (as a cheer leader!). Just so you know, I helped her English writing in her abstract.

3. ボニー式GIMレベル2トレーニング開催(7月下旬)

昨年日本で初となる、ボニー式GIMのレベル1トレーニングを開催しましたが、それの続きとなるレベル2トレーニングを名古屋音楽大学にて開催します。詳細は下記の通りです。現在のところ受付はまだですが、大学側でその準備が整ったらまた告知します。

事業名:2017年度 ボニー式GIM実践家育成プログラム(レベル2)

期間: 2017(平成29)年7月22日から同年同月27日まで

場所:学校法人 同朋学園(名古屋音楽大学) Doプラザ閲蔵 多目的ホール Hall Do

講師:ジム・ボーリング(ラドフォード大学教授)

通訳兼アシスタント:吉原奈美(GIM フェロー、テンプル大学博士号課程在籍)

#3 Hosting BM-GIM level II training (End of July)

Last year, Nagoya College of Music hosted very first GIM level I training in Japan.  And we are going to host its level II training this summer.  We have not opened the registration.  But below is the detail of the training.  We will announce it when the registration is open.

Title: Bonny Method-GIM Level II training 2017

Period: From July 22, 2017 to July 27, 2017

Place: Doho Gakuen Educational Foundation Nagoya College of Music “Hall Do”

Primary trainer: Jim Borling (Radford University)

Interpreter and assistant trainer: Name Yoshihara (FAMI, Ph. D student at Temple University)

4. 研究(9月以降)

これは科研費が通ることが前提ですが、もし申請していた研究計画が採択されたのであれば、秋口から研究を開始する予定です。これはGIMの研究ですが、量的、質的両方の側面のあるミックスドメソッドの研究なので、テンプル大学で学んだ研究法を活かせればいいなと思います。科研費が採択されるようにどうぞお祈りください。

#4. Research (From September)

In order to conduct the research, I must be awarded with the governmental fund.  But if the fund is granted to my research proposal, I will begin doing the research from this Fall.  It is going to be a GIM related research with mixed method that has both quantitative and qualitative approach.  I am hoping to be able to apply the knowledge I gain through Temple Ph D program. Please pray that the fund will be awarded to my research proposal.

今年も忙しい一年になりそうなので、ブログの更新頻度は少ないと思います。ただ時々TwitterやFacebookでつぶやいていますので、最新情報はそちらでチェックしてください。

It will be another busy year.  I won’t be updating my blog often.  But I am posting something in twitter and Facebook.  Please check those for more updated information.

Twitter  https://twitter.com/mickeydad

Facebook https://www.facebook.com/Yujiigarimtbc/

感謝 Thanks

猪狩裕史 Yuji Igari

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2016年の目標 (My New Year’s resolution in 2016)

あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

Wishing you all a happy new year!

この場を借りて、2016年の目標を公にしたいと思います。それにより自分にプレッシャーをかけるのが目的です。

I would like to announce my new year’s resolution for the year of 2016 in this blog.  I am doing this  so to pressure myself to work hard for it.

最初の目標は、さらなる専門性を高めるためにテンプル大学の音楽療法博士号課程で学びを開始することです。以前のブログでもお伝えしましたが、今年の4月からテンプル大学の日本校で音楽療法の博士号課程が開始します。私はすでに博士号過程には合格しているので、それを確実に開始するということです。もちろんその博士号課程が開始することが前提条件ですが。

My first goal for this year is to begin my further professional development in Ph. D course in music therapy.  As I wrote in my previous blog, I have been accepted in the Temple University Ph D program in music therapy, and the courses will be offered in Temple University Japan from April.  Of course, the course must be offered for this goal to come true.

二つ目の目標は、まだ公にはできませんが、一つ進行中のプロジェクトを成功させることです。音楽心理療法の講座を企画しています。その領域の専門性を深めたい人は、今から貯金を始めておいてくださいね。

My second goal is to make currently undergoing project come true.  I still cannot make the project public yet.  But I can say that I am planning an intensive lecture series on music psychotherapy.  If you would like to gain expertise in the field, I advise you start saving up money.

引き続きこのブログや私のフェイスブックページを通じて、これらの目標の進捗具合をチェックしてみてください。直接お会いする方がいらしたら「あの目標どう?」と聞いてみてください。

Please follow my blog or Facebook page to check up with my new year’s resolution.  If you come to see me, ask me “How are you doing with your new year’s resolution?”

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A Hard Rain’s A-Gonna Fall (酷い雨が降り出しそう)

I heard this song,  “A Hard Rain’s A-Gonna Fall” by Bob Dylan in the first time in a long long time today on the radio (thanks to George Williams of “Ready Steady George!!”).  And I was moved by the powerful message of the song.

今日インターFMの “Ready Steady George”というラジオ番組で、本当に久しぶりにボブディランの “A Hard Rain’s A-Gonna Fall”という曲を聴きました。そしてこの歌の強いメッセージに心が打たれました。

I am not a poet.  So I don’t know the exact meaning of the song.  But I think I get the general ideas.  And the message is powerful to me.

私は詩人ではないので、この歌の正確な意味はわかりません。でもおおよその内容はわかります。そしてそのメッセージは私にとって、とても力強いものです。

The song begins like this

Oh, where have you been, my blue-eyed son?
And where have you been my darling young one?

この歌は次のような歌い出して始まります。

どこへ行ってたの 青い目の我が息子
どこへ行ってたの 私のかわいい子

And the song continues by the “blue-eyed son” describing the places he has been, the things he has seen and heard, people he has met.

そしてその青い目のかわいい子は、彼が行ってきた場所、見聞きしたもの、彼が出会った人々について語り出します。

And they all reflect the sad reality of the world.

そしてそれらは全てこの世界の悲しい現実でした。

And then he concludes the chorus by singing,

And it’s a hard, it’s a hard, it’s a hard, and it’s a hard
It’s a hard rain’s a-gonna fall. 

そしてその歌のサビを次のように締めくくるのです。

そして、強く、辛く、激しく、厳しい
酷い雨が降り出しそうだよ

I assume the song was written sometime in the 1960’s.  But the sad reality of the world has not changed much.

この曲は1960年代に書かれたものだと思いますが、ここで描かれている悲しい世界の現実というのは、あまり変わっていない気がします。

Listening to the song as a teenager back in 1980’s, I used to feel sad about the world that I was about to enter into.  Unfairness, injustice, loneliness, emptiness, hopelessness.  To me, these are the impression of the world that is described in the song.

まだ10代だった1980年代にこの曲を聴いて、自分がこれから暮らしていかなければならないこの世界のことを考えて、よく悲しい気持ちになりました。不公平、不正義、孤独、空虚、絶望。この歌の中で表現されている世界には、こういった印象を私は持っていました。

After hearing about the terrible terrorist attack in Paris, I started thinking more about the violence in the world and why it happens.

パリで起こった酷いテロリストによる攻撃のニュースを耳にして、世界の暴力について、そしてそれがどうして起こるのかより深く考え始めました。

Again, I am not sociology researcher.  So I don’t know the exact cause of the violence.  But I have some ideas.  And those, to me, are unfairness, injustice, loneliness, emptiness, hopelessness, what is depicted in the song.

私は社会学の研究者ではないので、暴力の正確な起源はわかりません。でもおおよその考えはあります。そして私から見るとそれらは不公平、不正義、孤独、空虚、絶望のような気がします。この歌で描かれているものです。

The world now feels like “a hard rain’s a-gonna fall”  A chain of violence.

世界は今、「酷い雨が降り出しそう」な感じです。暴力の連鎖。

Experiencing this awful reality of the world, this blue eyed son can become someone who would spend all of his time in front of computer writing negative things of others in the internet and fueling into more violence in the world.  If something went wrong and extreme, he could become a desperate terrorist or school shooter.  He could start the hard rain himself.

この酷い世界の現実を経験して、この青い目のかわいい子は、自分の時間の全てをパソコンの前で過ごし、ネットに他人の悪口を書き綴り、世界の暴力の火に油を注ぐような人間になったかもしれません。もし何かの間違いが極限までいってしまったら、彼は自爆テロリストになったり、無差別殺人をするような人になるかもしれません。 彼自身が酷い雨を降らせたかもしれません。

I could have become the one.

自分もそうなっていたかもしれません。

The last verse starts by asking another question to the “blued eyed son

And what’ll you do now, my blue-eyed son?
And what’ll you do now my darling young one?

この曲の最後になる5番も、またこのかわいい青い目の子への問いかけから始まります。

これからどうするの 青い目の我が息子
これからどうするの 私のかわいい子

And fortunately, the blue-eyed son answers to the question

I’m a-goin’ back out ‘fore the rain starts a-fallin’

そして幸いなことにこの青い目のかわいい子はこう答えます。

雨が降り出す前にまた出かけるよ

And he again starts describing the world he is going back into.  But he makes a strong statement of what he will do there.

And I’ll tell and speak it and think it and breathe it
And reflect from the mountain so all souls can see it
And I’ll stand on the ocean until I start sinkin’
But I’ll know my song well before I start singing

そして彼はまた彼が出かけようとしている世界について語り始めます。しかし彼はそこで何をするのかという力強い意思を表します。

そこで僕はこれらを人に話し、伝え、考え、その空気をしっかり吸い込むのさ
そして山の上からそれらを伝える 全ての魂がそれを見えるように
そして自分が沈むまで海の上に立っているさ
でも自分が歌わなければならない歌は、歌い始める前から良くわかってるよ

As a person, a father, a teacher, and a music therapist, I feel that I have to be “a-goin’ back out ‘fore the rain starts a-fallin'”.  I feel that I should start from where I am now, to breathe with the young souls and reflect what we can do to make the world a little better place, before they get consumed by the world’s unfairness, injustice, loneliness, emptiness, and hopelessness, which seem to me as one of the cause of violence.

一人の人として、父親として、先生として、また音楽療法士として、「雨が降り出す前に出かけなければ」ならないと思っています。今いる場所で、若いと一緒にそこの空気をしっかり吸い込み、そしてこの世界を少しでもより良い場所にするためにできることを伝えながら。彼らが暴力の根源の一つに考えられる世界の不公平や不正義、孤独、空虚、絶望に飲み込まれてしまう前に。

Please refer to the entire lyrics of the song in the link below.

http://www.azlyrics.com/lyrics/bobdylan/ahardrainsagonnafall.html

この曲の歌詞の全部の内容については、下記のリンクをご覧ください。

http://blogs.yahoo.co.jp/kosi0810/46681777.html

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デリオ博士について (About Dr. Dileo)

先日のブログで、テンプル大学日本校で音楽療法の博士号課程が提供されるという話をしました。

In my last blog, I talked about the full Ph D program in music therapy being offered at Temple University Japan (TUJ).

今日はそのプログラム統括責任者であるシェリル・デリオ博士について紹介しましょう。

Today I will talk about Dr. Cheryl Dileo, Coordinator PhD Program in Music Therapy.

デリオ先生の音楽療法に関する造詣の広さと深さには、いつも驚かされます。

Dr Dileo’s knowledge in music therapy is so deep and wide that it always impresses me.

9月の初めに視察でアメリカに行った時もそうでした。私は武庫川女子大学の松本先生のお供として、アメリカの矯正施設における音楽療法プログラムを視察することになっていました。

I was impressed with her wealth of knowledge in the field of music therapy when I saw her last time in September when I visited the US.  I was there to escort Dr. Matsumoto of Mukogawa women’s university to observe music therapy programs at correctional institutions in US.

最初の視察地は、私がインターンを行ったペンシルベニア州の刑務所だったのですが、そこを訪れる前に、テンプル大学本校のデリオ先生を表敬訪問しました。

The first observation site was going to be the prison in Pennsylvania, where I interned.  Before the observation, we paid a courtesy visit to Dr. Dileo at Temple University main campus.

松本先生を紹介し、今回の視察旅行の目的を説明すると、デリオ先生は、「刑務所の音楽療法ということであれば、〇〇知ってる?」「刑務所でも発達障害のある受刑者が対象ということであれば、ニュージャージーに〇〇がいる」「イギリスの〇〇が今度刑務所における音楽療法に関する本を出版する」…などと、次々にその領域に関係している音楽療法士を、アメリカのみならず世界中から、しかも最新の情報として紹介してくれました。

When I introduced Dr. Matsumoto and explained the purpose of our visit to the US, Dr. Dileo started talking about various music therapists in the field of correctional music therapy to us, not only from America but also from all over the world, with up-to-date information.  It was like “If are interested in MT at correctional setting, specifically for those who have developmental disability, there is a music therapist in New Jersey ….”, or “The book about correctional music therapy is going to be published by the British music therapist …”, and  so forth.

そしてすごいのが、デリオ先生はその人達みんなを個人的に知っていたということでした。「〇〇は私の親友」、「私は〇〇の指導教官だった」という感じに。

And what I was most impressed was that she knows them all in person!  She said like “… and (the therapist) is a good friend of mine” or “… and I taught her (the therapist)”.

それにもかかわらず、それを自慢することもなく、常に優しく敬意を表してくれます。

Still, she never brags about all she has.  She is very gentle and always pays respect to us.

私はデリオ先生から様々なことを学ぶのを楽しみにしています。デリオ先生について詳しく知りたい方は、こちらのリンクからどうぞ。そしてもし興味のある方は、博士号にチャレンジすることをお勧めします。

http://www.temple.edu/boyer/about/people/cheryldileo.asp

I am really looking forward to learning from her!  If you would like to know more about her, please visit the link below.  And if you are interested, I encourage you challenge the Ph D at TUJ.

http://www.temple.edu/boyer/about/people/cheryldileo.asp

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2015年の目標

久しぶりの投稿になります。新年が明けて、もうすぐ2月になります。

ソーシャルメディアで、「今年の目標は何にしよう?」と呟いていましたが、ここに来て幾つか目標が出来ました。昨年から継続しているものもありますが、新たな目標についてはご縁に導かれて自然に出来た感じです。

こうしてメディアで宣言することは、自分にプレッシャーをかけることに繋がります。わざわざそんなことをしなくても良いのですが、そういったプレッシャーが無ければ何もしない性格なので、公開させて下さい。

一つは、現在書いている、カウンセリングの統合理論を音楽療法の実践に適応させる「ミュージックカウンセリング」に関する論文を学会誌に載せることです。一回目の査読は通ったものの、「大幅な修正」を求められているので、それを出来る限り良いものに仕上げたいと思っています。そうすれば自ずと結果が見えて来る様な気がします。

二つ目は、名古屋音楽大学を拠点に、音楽療法の現場を増やすということです。具体的には二つほどアイディアがあります。これは地域とのつながりをより強固にしつつ、学生にも実践を通した学びの機会を増やすことになるので、是非実現させたいと思っています。

三つ目は、音楽療法の教科書に繋がる様な文献作成に向かって動き出すということです。音楽療法の教員をしていて感じたのは、音楽療法に使える教科書が少ないということです。これは良い本が無いということではありません。これまでも素晴らしい書籍はたくさんあるのですが、残念なことにそれらの多くが最初の印刷部数がはけてしまうと、入手が困難になるという現状に直面しました。ですので、この現状を改善する為に何らかの形で動き出したいと思っています。

とりあえずこれだけあれば十分忙しい一年になると思います。また年の瀬に今年の目標を振り返ってみたいと思います。

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